こんにちは、onorichanです。
ここ数年終活というものを考えています。
40代の現在。特に考えることが増えました。
この世代になると、親の終活のようなことは見聞きすることもありますが、
そこに自分事が含まれないことに違和感を覚えました。
自分はまだまだ大丈夫。それは何の根拠があるのだろう。
もちろん平均寿命的にまだ考えるには早いことと思われることが多いのでしょうが、
でも自分が所謂平均的になるかどうかなんて誰もわからないことで。
そういうことに関して考えずにいさえいれば、どうにかなるわけでもないわけです。
残された人が少しでも困らないようにという意味と、自分の意思表明のため、そして、
これからの自分をどう生きていくか どう生きたいか
これを見つめなおすという意味で少しずつでも考えていきたいと思います。
なので、決して後ろ向きな行動ではなくこれからを前向きに捉えていくために行いたいのです。
自分のお葬式を具体的にイメージしてみると、
そもそもお葬式するのかというところから始まり、誰に声を掛けてもらうのか、規模は、宗教宗派は、お墓はどうするのか
などなど様々なことを考えました。
この世と離れたのだからそこは残された人にお任せするというのも考え方としてあるのでしょうが、
お任せしたいということであればそのことを、他に希望があればそれを伝えておくことでのメリットは大いにあると思います。
その他、なんらか利用しているものに関する手続きやら持っている物の整理やら。
生きていれば色々「持つもの」はあると思います。
それを整理していく作業は意外と大変。体力を使うこともあるでしょう。
そういう意味では(運動不足でだいぶ弱っていはいますが)自分の現在と未来の中で一番最年少の今動くというのはいいことなのではないかと思います。
まだまだ何を始めたということはありませんが、
考え始めたことによって、
息子に残したいもの(こと)はなにか
健康について
これからしていきたいことはなにか
などと色々なことを具体的に考えるきっかけになりました。
それらはすべてこれからのことに繋がることで、後ろ向きなものがないのです。
例えばお葬式をするとして、誰に参列してもらいたいかなどと考えてみることは
人との関係を省みるきっかけになるかもしれません。
物に関しては「本当に必要なものか」を考えるきっかけに、
子どもや配偶者、家族やパートナーに関してはどう向き合っていくのかを考えるきっかけになるのではないでしょうか。
というわけで、少しずつ自分の人生を振り返り先を見据えることを始めていきたいと思います。
お読みいただきありがとうございました。
そこかしこで雨。あるいは酷暑。
どうぞお気を付けてお過ごしください。
今日も一日、お疲れ様です。