こんにちは、onorichanです。
以前に記事にした子どもが鉛筆をなくしてこないための工夫の記事
この続編として。
新年度が始まって1週間ほどでしょうか。
ほんの少しずつ新しい学年だったり学校だったりの生活リズムが出来てきたり、疲れも出てくるころかも知れません。
息子が入学し、学校にすっかり慣れてきたころ(なので今時期よりもう少し経ってからかと思います)に勃発した、筆箱開けると中身が少なくなっている問題。
帰宅し宿題するのに筆箱をあけると鉛筆が明らかに少ない。
息子に聞くとあそこかもここかもと疑わしい場所は出てくる(大体探検バックか机のお道具箱)。
ちゃんと探してくるように伝えると翌日なんとか戻ってくる(来ないときもある)。を繰り返しておりました。
「点けたら消す・開けたら閉める・落としたら拾う・出したら片付ける」と呪文のように伝えているけど定着するのはいつになるのやら。
鉛筆問題もなかなか改善せず、どうすればよいかと悩ましく思っていました。
名前を書いてはいるけど、自分の持ち物としての感覚が薄いのかも知れない。
そんな風に思いそれぞれに顔を描いてみたりもしたのですが、さほど効果は感じられず。
どうしたものか…と考えあぐねていた時に思いついたのが番号を振る、というものでした。

再掲。
※実際には番号の上に名前も書いています。
作戦の意図としては、
名前だけ
・この鉛筆(全体)は僕のもの、としての認識。あくまで鉛筆全体
・何本あるかもあんまり把握していない
これを番号を振ったことで
・鉛筆一つ一つ単体で別のものとして捉える。「僕のえんぴつ①」「僕のえんぴつ②」
・番号を振ることで何本あるのかも認識しやすい
全体という認識から個々に。一つずつに番号という意味付けをする作業をしたわけです。
それであれば、ぬいぐるみなど自分の大切なものにするように名前を付けるのでも良いではないか、とも思うのですが、何本もあるため覚えにくく複雑化してしまいます。
息子や夫、私がすぐに共通認識できる番号付けが個別把握としては最適だと判断したわけです。
さて、その結果としてどうなったのか。
番号を振り始めたのが1年生の後半。先回の記事が2年生の6月頃です。
番号を振り始めてすぐに感じたこととしては、
〇番の鉛筆がない!の共通認識が生まれた
〇番がない!と親も子も探す対象がはっきりしやすくなり、子も〇番の鉛筆を探そう!と意識が向くようになりました。
1本ずつの愛着が高まった
番号が違うので、「同じ鉛筆だけど一つずつ違う物」としてなんとなく捉えるようになったことで愛着が高まったような気がします。
前記事にも書いたのですが、「〇番の鉛筆、今頃きっと忘れられて寂しくなっているよ」なんて伝えて私までなんだか切ない気持ちになってみたりしていました。
大きくはこの2つです。
とは言え、最初は相変わらず忘れてきていました。ただ、『「どこにあるか」の把握率』は高まっていたような気がします。
そこから徐々に徐々にですが忘れることが減っていき、2年生後半にはほとんど忘れることが無くなりました。
その頃には息子は「えんぴつ、全部あるよ!」と日々、誇らしげでした。
子どもは日々成長します。
なので正直なところ、この番号を振るという作業が無くしものにどれだけの大きな影響を与えたかはわかりません。もしかしたら、成長の部分が大きいのかも知れません。
ただ、自分の持ち物である鉛筆一つ一つに意識を向けるようになったことは確かです。
そして、親子で共通認識をもって意識して改善に取り組む。ここに意味があるのかもとも思っています。
「えんぴつ、全部あるよ!」
誇らしげなこの一言が、その成長の一つであるような気がしています。
お読みいただき、ありがとうございます。
環境に慣れるのは大人も子どももエネルギーが要りますね。
心の充電しながらぼちぼち参りましょう。
今日も一日、お疲れ様です。