こんにちは、onorichanです。
子は夏休み。とは言っても、日中は学童を使ったりしています。
今息子は3年生。
これが高学年になったら、長期休みはどうしたら…と考えてしまいます。
大人の目が少ない
昔と比較すると、定年退職の年齢も変わり、その後も日中お仕事に行かれる方が多く、専業主婦も少ない。近所の目は圧倒的に減っているような気がします。
実際、平日日中在宅していて外に出ると、住宅地に人はほとんどいません。駐車場にも車はあまりないという印象(車社会なので)。
例えば不審者なんかは昔からいて、それでもなんとかなっていたわけでは無く。
子どもの頃の記憶を辿ると、少なくとも4回。不審者に遭遇しています。
大人になってから思い返しても、確実に不審者と判断できるものでした。
特に心の傷となるような程度のものではなかったため元気に今いるわけですが、
でも、だから安全と呼べるかどうかは別問題です。
それに私の傷にならなかったからと言って、同じようなことが誰かの傷にならないとは限りません。
学童もまだ普及しておらず、割と専業主婦がそれなりにいて。つまり、住宅街に大人が多かった時代でも、そんなことは起こっていたわけです。
ちなみにこの4回。大人には話していません。
割とそういう現象は多いと思います。
昔はこうだった、それでも問題なかった、は、
ただ、なにも起きなかった人の声だけが大きく響いているということもあると思っています。
何が心配なのか
「高学年、されど、小学生」
それが心配の根底です。
何かが起こったときに、冷静に対処できるか。そこを考えています。
ある程度は自分できるように、何かあったときの行動はきちんと教えておく。
もちろんそれも大事です。
でも、大人でも想定できないことや、どうしたらいいかわからない状況に陥ることはあります。
不審者、SNSトラブル、在宅を狙った強盗、そして、災害。
災害は特に、大きな地震がいつおきてもおかしくないと言われている現代。
もし子どもが一人でいたときに、これらが起こったらと想定すると、
とてもじゃないけれど、子どもが安心な環境であるとは思えないのです。
「そんなこと心配していたら、何もできない」
「昔はみんな」
本当に、それでいいのでしょうか。
「まさか、そんなことが起こるとは思わなかった」
確かに何もかもは想定できないですし、あれもこれもと心配していたら身動きがとれなくなってしまうと思います。
でも、ある程度備えておくことは必要ではないでしょうか。
もう一度言いますが、何かあったときの行動はきちんと教えておく。
一緒に確認しておく。
これは、大前提であるとは思っています。
そんなに心配なら、在宅ワークできるようにすればいいじゃないか
家に大人がいないというのが問題ならば、在宅ワークという働き方があるのだから、なんとかしてそうすればいいのでは。
という意見もあるかと思います。
でもこれは、個々の対策や対応に留まる事象ではないのではないか、と思っているわけです。
そして、それを選択肢として捉えるのであれば、もっと「選択肢」としての存在感が必要だとも思っています。
子どもの留守番には、考えるべき課題がいくつも内在していると思います。
保護者の働き方
子どもの過ごせる場所(年齢問わず)
見守り体制の在り方
他にもきっと考えるべきことはあるでしょう。
それらはすべて、「昔は」「自分の頃は」というものに子どもを閉じ込めず、現代的な問題を含めて考え直すときにあるのではないでしょうか。
災害対策という観点からも、重要な問題ではないかと思っています。
最後に。
お分かりいただいているとは思いますが、
私が言いたいのは、「小学生の子どもを留守番させるなんて」という親に対する批判ではありません。
そして、子どもがいる家庭を優遇してほしいということでも、もちろんないのです。
選択肢が、本当の意味で選択肢として成り立つ社会になってほしいという希望なのです。
お読みいただきありがとうございました。
熱中症に注意という言葉はまだまだ聞こえてきますが、徐々に秋の足音はそこかしこに聞こえてきたような気がしています。
季節の変わり目。暑さの疲れもで出来ましょう。
どうぞ、お気を付けてお過ごしください。