こんにちは、onorichanです。
先回のブログの最後に綴った読書についてです。
上白石萌音さんのおすすめの本は予約待ちだったので一先ず
他のおすすめ本を読み始めることにした私。
ネットを開き、検索をする。
上白石萌音さん、本を出していらっしゃる。
ということで先ずはエッセイ本を読み始めることに。
ちょうど連休に入るところだったため、
家族それぞれが静かに読書をする『読書ごっこ』の時間もたくさん取れました。
ちなみに『読書ごっこ』のことはこちらに
『いろいろ』と題したエッセイ。
なんてすてきな方だろう。
先回のブログでも同じことを綴っていたような気がしますが、
改めてもう一度そう綴っておきたい。
きっと怒ったり憤ったりすることもあるのでしょうが、それも(勝手に)含めてすてきなのです。
日常のほんのささいなできごとでも、彼女のフィルターを通して表現されるとなんだか優し気でゆったりとして、特別なもののような気にさせられる。
読んでいると、表現が映像になって思い起こされていくのです。
物は色づき、人は動き出す。
とても読みやすく、するするするとあっという間に読み終えました。
借りてきた本や買ってきたばかりの本やなんかは、誰でも読めるようにリビングスペースに置き場を決めているので読んでいないときはそこにあります。
お風呂から上がりリビングを見ると、夫と息子が『読書ごっこ』をしていました。
何を読んでいるのだろうかと見ると、夫が手に取っているのは『いろいろ』。
でも、そこで「いいでしょう?」とは声を掛けません。
夫は家庭内天邪鬼なところがあると思っている私。
他人にすすめられたりアドバイスを受けたことに関しては発動しないのですが、
それが私だと発動することが多いのです。
なので、「読んでみて」なんて言おうものならきっと彼は読まないに違いない。
なので、背後でにやりとして静かに待つ。
そして本を閉じて夫が一言。「この人すごいね。本をたくさん読んでいるからこその表現なのかな」と。
再びにやり。気に入ったようだ。
夫も本が好きなのですが、図書館に行くのは基本息子と私。
最近はこっそり夫も読みそうな本をいくつか借りて、おすすめすることなくリビングの本コーナーにそっと置いておくのだ。
そこから夫が手に取ると「勝った」と私はにやりとする。でもそれは告げない。
という遊びをひそかにしているのです。
やった、今回も私の勝ちだ。